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2025/09/28
勉強の好き嫌いは何によって決まるのか ― 脳科学と心理の両面から考える
はじめに:勉強嫌いの始まりはどこにあるのか
子どもが「勉強が好き!」と言うのは、多くの保護者にとって理想の姿かもしれません。しかし現実には、「勉強なんてしたくない」「どうせやっても無駄」と口にする子も少なくありません。
では、この「勉強の好き嫌い」は一体どのように決まるのでしょうか。脳科学的にみると、生まれ持った脳の機能、発達のタイミングが大きく関わります。一方で、心理的な要因――特に親や周囲からの評価が、子どもの学習意欲を大きく左右することも分かっています。
今回は、脳の働きと心理的側面の両方から「学習意欲の本質」に迫り、保護者の皆さまにとって実際の子育てに生かせるヒントをお伝えします。
脳科学から見る「学ぶ意欲」の正体
1.知識欲はいつごろから芽生えるのか
脳科学の研究によると、子どもの「知識欲(好奇心)」は非常に早い段階から見られます。乳児期からすでに「視覚的な新奇性」に強く反応し、知らないものに目を向けようとします。発達心理学者ピアジェは、この時期を「感覚運動期」と呼び、赤ちゃんが環境との相互作用を通じて知識を獲得する基盤が作られると説明しました。
特に3歳前後から「なぜ?」「どうして?」という問いが急増するのは、脳の前頭前野が急速に発達し、思考や推論の芽が育ち始める時期だからです。この好奇心がその後の学習意欲の土台になります。
2.脳のどの部分が関わるのか
学習意欲を司る重要な脳の部位は、主に次の3つです。
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前頭前野(prefrontal cortex):計画性や自己制御を担い、「やろう」と思う意思を生み出す。
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側坐核(nucleus accumbens):報酬系の中心で、達成感や「やって良かった」という快感を感じる。
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海馬(hippocampus):記憶の形成に関わり、「学んだことが定着する」感覚を作る。
この3つがバランスよく働くことで、子どもは「新しいことを知りたい」「挑戦したい」という意欲を持ち続けられます。
3.機能不足がもたらす影響
しかし、もしこれらの機能が十分に働かないとどうなるでしょうか。
たとえば、前頭前野の働きが弱いと「集中できない」「計画的に取り組めない」となります。側坐核の働きが低下すると「頑張っても楽しくない」と感じ、達成感が生まれにくい。海馬の働きが不十分なら「覚えられない」「やっても無駄だ」と思ってしまう。
このように、脳のどこかの機能が不十分であることが、勉強への苦手意識につながるのです。
心理的側面:周囲からの評価が子どもを左右する
1.成功体験の欠如がもたらす悪循環
脳の仕組み以上に、心理的な要因は子どもの勉強嫌いに直結します。特に大きいのは「成功体験の不足」です。
テストでいつも低い点を取り、親から「どうしてこんなにできないの」「頭が悪いんじゃないか」と言われると、子どもは「自分は勉強に向いていない」という自己認識を固めてしまいます。これは心理学でいう「学習性無力感」(Seligman, 1975)の典型例です。
2.「他者との比較」が学習意欲を奪う
さらに、日本の教育環境はどうしても「他の子より良い点を取ること」に重きを置きがちです。しかし脳科学的には、この「他者比較」は報酬系をむしろ阻害することが分かっています。スタンフォード大学の心理学者キャロル・ドゥエックの研究でも、結果だけで評価されると子どもは挑戦を避けるようになる ことが明らかになっています。
3.親の言葉が脳を変える
最新の脳科学では、「親からの肯定的な言葉かけ」が子どもの前頭前野の活性化に影響することが分かっています。MITの研究(Romeo et al., 2018)によれば、親子の会話の量と質が直接的に子どもの言語野や前頭前野の発達を促すと報告されています。つまり、親の声かけ一つで「学ぶ意欲を持つ脳」にも「学びを拒む脳」にもなり得るのです。
データから見る学習意欲の実態
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OECDのPISA調査(2018年)では、日本の15歳の学習意欲は調査対象国の中でも下位に位置しています。特に「勉強は将来役に立つ」と答えた割合は、OECD平均よりも大幅に低い。
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脳科学の実験では、報酬(褒められる、認められる)があるとき、側坐核が強く反応することが示されています(Knutson et al., 2001)。つまり、子どもは「できた!」「認められた!」という経験がなければ、脳の意欲回路が十分に働かないのです。
保護者への提案:子どもの「学び脳」を育てるために
1.小さな成功を積み重ねさせる
難しい問題に取り組ませるより、まずは「できた!」と思える課題を設定し、成功体験を積み重ねさせることが重要です。脳の報酬系が活性化し、「学びが楽しい」と感じられるようになります。
2.比較ではなくプロセスを評価する
「クラスで一番になったね」ではなく「昨日よりできるようになったね」「工夫して解いたね」といったプロセス評価が、子どもの前頭前野を育てます。
3.親自身が学ぶ姿を見せる
家庭内で親が「本を読む」「新しいことに挑戦する」姿を見せることも効果的です。社会脳(mirror neuron system)は他者の行動を模倣する性質を持っており、子どもは自然と「学ぶって面白い」と感じるようになります。
おわりに:勉強嫌いは変えられる
勉強が好きか嫌いかは、生まれつきで決まるものではありません。脳の発達の仕組みと、親や周囲からの言葉かけによって大きく変わります。
「この子は頭が悪いから…」ではなく、「この子にはまだ成功体験が少ないだけ」と捉えてみてください。その視点の転換が、子どもの脳に新しい回路を作り、学びへの意欲を引き出す第一歩となります。
子どもにとって最も大切なのは「学ぶ喜び」を実感できること。そのためには、保護者である皆さまが「小さな成功を認め、プロセスを大切にする」姿勢を持つことが不可欠です。脳科学と心理学が示す知見は、まさにそのことを裏付けています。
参考文献
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Piaget, J. (1952). The Origins of Intelligence in Children.
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Seligman, M.E.P. (1975). Helplessness: On Depression, Development, and Death.
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Dweck, C. (2006). Mindset: The New Psychology of Success.
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Knutson, B. et al. (2001). "Anticipation of increasing monetary reward selectively recruits nucleus accumbens." Journal of Neuroscience.
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Romeo, R.R. et al. (2018). "Language exposure relates to structural neural connectivity in childhood." Journal of Neuroscience.
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OECD (2018). PISA 2018 Results.
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